ジャコメッリ、<想像の入口>としてのモノクローム2

<記憶の原色>にジャコメッリが気づいていたことはおそらく
まちがいない。記憶する作業やイメージの作用においては
モノクロームの世界のほうが格段にカラフルだと、かれは
おもっていたはずだ。
彩色の貧困や彩色の陰謀にも気づいていただろう。
だから、かれ自身の死生観を表現するにせよ、
「時」や「死」というかれの終生のテーマを表現する
にせよ、その手段はモノクローム以外にはありえなかった。


そして、モノクロームであることによって、圧倒的に
魂に訴えてくる作品が生まれた。
事実、白という無限の虚無と黒という無限の傷痕の
組み合わせで織りなされる映像のほうが、さまざまな
カラーで想像力を限定してくる映像よりイメージを
喚起する力があったのである。

(中略)

ジャコメッリは西暦2000年に75歳で死んだ。
デジタルカメラが登場し、モノクロームフィルムが
カメラ屋の店頭からほとんど姿を消し、世界が色で
溢れかえる時代までかれは生きたが、しかし最後まで
色をつかうことはなかった。
実験的に試みたことすらあったかどうか。
かくも色の氾濫する時代にあって、かれは頑固なまで
モノクロームにこだわり、白と黒との世界に
「時間と死」を閉じこめつづけ、そうすることで
「時間と死」を想像し思弁する自由をたもちつづけた。
「時間と死」はジャコメッリにより息づいたのである。