贋作における「損傷」分析


シュタイングラバーは、オブジェを観察する要点は、
損傷、用途、年代の組み合わせだと教えてくれた。
「あらゆる損傷、ひっかき傷、打ち傷を見つけだし、心のなかで
スケッチすること。つぎに、その傷がいつ、どのようにして
ついたのか、説明してみることだ」


 彼は実際にオブジェの傷を図面にして描くことを勧めた。
そこが摩耗したのは十三世紀なのか、あるいはそこがへこんだのは
十五世紀なのか。修復されたのか、つけたされたのか。だとすれば、
それはいつのことなのか。現代ではないのか。贋作者は往々にして
美術好きをひっかけるために、「古代の修理痕」をつけ加える傾向がある。


(中略)


損傷が一定の用途と矛盾していたら、おそらく贋作である。
その極端な例として彼があげたのは、バクス(聖像牌)だった。
これは信者がキスをするためにつくられたキリストやマリアを
浮き彫りにした板である。
何千、何万という唇が表面にふれて柔らかに摩滅した痕跡は、
人工的な摩耗の痕とは明らかに違う。


トマス・ホーヴィング 著/雨沢泰
にせもの美術史』より抜粋