【美術】贋作、悪徳の芸術


 贋作とは、常に芸術につきまとう影、芸術という美徳の存在なくしては
成り立たない悪徳である。なぜなら、人類が、自分たちの歴史、美しさを
描きとめた作品、天才と近づくための作品を所有したいと願う限り、贋作
者は嘲るような気取り笑いを浮かべ、その需要に応えるべく存在してきた
のだから。
芸術とは、盲目的崇拝物や、天才が一度かならず手を触れた聖遺物を売る
商売なのだ。騙されやすい買い手に贋作者が提供するのは、芸術ではなく
「本物の保証」である。

(中略)


 才能も良心の咎めも希薄な芸術家に、贋作は富のみならず、ひそかな
名声をもたらす。己れの作品が、ルーヴル美術館メトロポリタン美術館
テイト・ギャラリーなどの壁に掛かっているのを知ることは、たとえ世間
の誰一人が知り得なくても、極上の復讐となる。
一たび美術館に並べれば、贋作者の正体が暴かれる可能性は低い。


フランク・ウイン著/小林償ワ子・池田みゆき訳
『私はフェルメール -20世紀最大の贋作事件-』より抜粋