抽象1

 抽象というのはずるい。身勝手で自慰的で、それがそこに在ることが無いこととどれほど決定的に違うのか分かりにくい。
 それでも、ぼくは、抽象はとても大切な認識の形式だとおもっている。跳躍力にすぐれているから広い世界を一気に、ひとつの概念で塗りつぶせるのは愉快だ。輪郭をもたない世界だから、拡大縮小も自在。常識や科学的事実や宗教的教義から完全に自由だから、独自の存在感を創造できる。思い付くままにリアリティが即座に生み出され、気に入らなければ変形したり消去したりすることに後腐れがない。抽象の実在は、「在る」ことが保証されていないからである。
(森本武「負のデザイン」より)