美を求める心

画家が花を見るのは好奇心からではない。花への愛情です。
愛情ですから平凡の菫の花だと解りきっている花を見て、
見厭きないのです。

諸君は、何んとも言えず美しいと言うでしょう。
この何んとも言えないものこそ、絵かきが諸君の眼を通じて
直接に諸君の心に伝え度いと願っているのだ。
音楽は、諸君の耳から這入って真直ぐに諸君の心に到りり、
これを波立たせるものだ。美しいものは、諸君を黙らせます。
美には人を沈黙させる力があるのです。
これが美の持つ根本の力であり、根本の性質です。
絵や音楽が本当に解るという事は、
こういう沈黙の力に堪える経験を
よく味う事に他なりません。

小林秀雄「美を求める心」より抜粋)